志摩市立図書館は貸切ギャラリーのある極上の空間だった

よく手入れされた日本庭園を眺めながら|2023.12.10

人にはそれぞれ、心を癒やす方法がある。大樹の根元での瞑想を終えたガンディーが、夜の歌舞伎町へ繰り出すように。ミッキーマウスが一日の勤務を終えた後、バーの末席に赴きロイヤルフィズで一息つくことは、世界中のディズニーファンのあいだでは有名な話だ。

旅先での一番うれしい出来事のひとつは、快適な図書館との出合いだ。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、インドアを好む内向的な性格だった私は、昔から本に囲まれることでその心を癒やしてきた。

不思議の国のアリス、名探偵ポワロ、笑ゥせぇるすまん。どれも少女の私を夢中にさせてきた英雄たちだ。当時の一番の思い出は、弟との兄弟喧嘩で国語辞典を投げつけあったことでも、母のお手製弁当が二ツ折りのシシャモで埋め尽くされていたことでもなく、完訳版シャーロック・ホームズ(ハードカバー四六判)を表紙が外れるまで読み込んだことだった。(宿題は忘れても、愛読書だけは必ずランドセルに入っていた)

三重県南東部、伊勢志摩。お伊勢参りや海辺のリゾート地として有名な界隈だが、ここに私のお気に入りの図書館のひとつ、志摩市立図書館がある。赤レンガ造りの瀟洒な建物は、大正3年築の東京駅をモチーフとしている。エントランスホールはマホガニーの赤茶が高貴な雰囲気を醸し、重厚な黒色鋳物の円形階段が上階へといざなう。大正建築を彷彿とさせるつくりだが、令和に入って改修されているため新しく、手入れも行き届きとても清潔だ。

私のお気に入りは、2階にあるギャラリースペースだ。経験上、75%の確率で貸し切りのその空間は、志摩ゆかりの風景画家のアートが並ぶ。朝の9時、淹れたての珈琲を片手に、窓辺のカウンター席につく。眼下には静寂の日本庭園が広がり、好きなだけ本の世界に没頭できる。親切なことに各席に電源まで供給されているので、こうやって文章を書くこともできる。人生にこれ以上の何を望もうというのか。

このようにコワーキングスペース泣かせの快適さなので、どうしてここがいつもこれほどに人気(ひとけ)がないのか、私には不思議でならない。唯一物申したい点があるとすれば、公共の施設らしく空調は常に控えめなことくらいだ。12月はタイツを着用した上、ひざ掛けを常に手放せない。

私は心の乾きを感じるたび、この窓辺で英雄たちに会いに行く。ミッキーが静かな空間に佇み、たまご入りのカクテルで英気を養うように。


摩衣
白いうさぎを追う人
根性なしキャンパー
すきな熟語は"孟母三遷"と"日本酒"
おしながき